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2021年03月01日

コロナ休校から1年

DSC_1058copy.JPG今朝も通勤途中に、体育着姿で登校する中学生の姿を見かけました。新型コロナが発生してから、儀式などの特別な日以外は、毎日体育着登校です。昨年の5月頃は、新型コロナに関する知識が少ない中で、まめな除菌対策が叫ばれていました。そのため、学校が再開したときから、洗濯がしやすい体育着での登校が始まりました。
一方、小学生は、ずっと私服なので、以前と変わりない登校風景です。高校生も、以前から、体育着登校の生徒もいれば、制服登校の生徒もいるという、混在した服装だったので、これまた、1年前と変わらない登校風景です。
このように、中学生だけは、はっきりと1年前とは違う登校風景なので目立ちます。そして、その姿は、学校における日常は完全に取り戻せてはいないという無言のメッセージのように思えてなりません。

思い返せば、1年前の2月27日夕方。当時の総理大臣である安倍晋三首相から突然発表された、3月2日からの全国一斉休校要請。
2月27日は木曜日。3月2日は月曜日。学校があるのは、友達や先生と会えるのは、そして令和元年度は、2月28日の金曜日一日だけ。こんな事が、何の前触れもなく、抵抗する間もなく、強制的に、突然やって来たのでした。
この一斉休校の検証はあったのでしょうか。政府は、一斉休校に対する批判の中で、「検証は必要だ」と言っていましたが、未だにないような気がします。多くの子供たちから、卒業式前の大事な1ヵ月を奪っておきながら、このままうやむやにしてしまうのでしょうか。過去は戻ってきませんが、将来に生かす(役立たせる)ためにも、振り返り(検証)は大事だと思います。

5月頃から学校は再開し、少しずつ動き始めましたが、同時に、制限された不自由な学校生活も始まりました。その顕著な例が、行事や大会参加等ですが、ここでは省略します。
大変ではないように見えますが、意外とダメージがあるのは、「無言の給食」ではないでしょうか。「孤食」という言葉が一般的になって久しいのですが、「無言の給食」はなんとなく「孤食」を連想してしまいます。同じ空間に、多くの仲間がいるにもかかわらず、全員が同じ方向を向いて、黙々と食べる。静まりかえった教室には、食器の音しか響かない。
もし、私が担任で、その場にいたら、その重苦しさに耐えられないと思います。
しかし、新型コロナがきっかけでよくなったこともあります。まめな手洗いやマスクの着用などの感染対策への姿勢です。今年は、インフルエンザ流行のニュースは皆無です。これだけ徹底すると、インフルエンザの流行も抑えることができるというのは驚きです。新型コロナが収束しても、毎年のようにインフルエンザは流行するでしょう。この徹底した感染対策は、今後に生かせるのではないかと期待しています。

全国一斉休校から1年。まだまだ、新型コロナの収束は見えませんが、希望を信じて、一歩一歩進んで行くしかありません。
一日でも早く、中学生が体育着でなく制服で登校する日常が戻ることを願っています。

2021年03月11日

3.11 あれから10年

3月11日。早いもので、もう10年経ちます。
しかし、10年経っても、あの日のことは、昨日のことのように鮮明に覚えています。

DSC_0160copy.JPGあの日、自然の力の前に、人間の力は本当にちっぽけで、なんて無力なんだということを思い知らされました。科学や技術の進歩により、高性能な、最先端の製品に囲まれた生活にドップリ浸かり、自然さえもアンダーコントロールと言い切ってしまうほど、傲慢になってしまった人間の「うぬぼれ」は一瞬にして砕かれました。

大げさかもしれませんが、この震災は、「私の今までの生き方って何だったんだろう」「人間にとって本当に大事なものは何なんだろう」と自分に問いかけるきっかけになりました。というよりは、震災が「問い返せ!」と強制的に自分にそうさせたと言った方が適切なのかもしれません。

震災前は、自分では気づかなかったし、気づこうともしなかった、かなり自己中心的で、うまくいかないことがあると、ストレスを感じ、イライラし、自分以外に原因を求める生き方。
そんな私が、震災の時、痛烈に感じたのは、「生きていることへの感謝」「家族というかけがえのない存在」「見知らぬ者同士でも、声をかけ、助け合うことの温かさ」等々。

DSC_0161copy.JPG一つの例ですが、震災発生後、東日本で電力が不足していたため、計画停電をしながら、みんなで電力を分け合おうという方針が出されました。あの時は、「一日数時間の停電なら、我慢して当然。みんなで助け合わねば!」と計画停電に協力するのは当たり前という気持ちでした。
今はどうでしょう。震災当時の大変な状況にはないので同じ条件ではないのですが、わずかの時間の停電でも、「こんな時に停電かよ~」と不満を持ってしまいます。誰かが意図的に停電を引き起こしているわけではないし、荒天の中、復旧作業に全力で取り組んでいる電力会社の方がいるにもかかわらず、震災当時の譲り合いの気持ちは、どこかにすっ飛んでいます。

震災当時の方が、なぜか優しい気持ちになれました。みんなで助け合おうという気持ちにあふれていました。イライラすることも少なかった様な気がします。
現在の、不自由のない安定した生活の方が、優しさや助け合いの気持ちが小さくなり、自己中心のエゴやストレスやイライラを抱える部分が大きくなっているような気がします。

今、改めて思うのは、今後10年経っても20年経っても、「震災の記憶」は当然、「あの時感じた気持ち」も忘れてはいけないということです。

※写真は、私が震災復興ボランティアに行った宮城県亘理町の海岸の様子。(現在、コロナで県外への移動自粛中のため、2018年6月25日撮影の少々古い写真)。海岸線に新たに作られた防潮堤の上から、南側に続く「防潮堤」と『鳥の海(海とつながっている汽水湖)』に続く「整備された水路」付近です。

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