社長ブログ

「残り姿」の文化  ~ 小さな文化に学ぶ⑦ ~

2025.12.01

 第58回YBC読書感想文「本の森たんけん」の最終審査が終わり、特選、入選、佳作の受賞者が発表されました。みずみずしく研ぎ澄まされた感性が垣間見られる多くの応募作品の中から、特選21作品、入選26作品、佳作35作品が選ばれました。誠におめでとうございます。また、多数ご応募いただきましてありがとうございました。本の森をたんけんされた皆さんはじめ、本と子どもたちを結んでくださった保護者の皆さまや先生方に心から感謝申し上げます。

 「『ふ』もかっこいい」「リンくん、お元気ですか」「しおみたいな人になりたい」「そばにいるやさしさ」「ぼくの背中を押してくれたみんなのエール」「本当の人助け」「自分を大切にする方法」「本の持つ力」…。
 これらは本の森をたんけんされた感想文の「題(題名)」です。「題」は文章の最大公約数、つまり、一番主張したいことを包んだ言葉になります。応募された作品の「題」を拝見したとき、琴線に触れるとともに「残り姿」と言う文言を思い起こさせてくれました。「残り姿」というのは、「終わったあとの姿、みんなが去ったあとの姿」のことです。特に「心が表れた気持ちのよい姿」のことです。

 日本の文化には「残り姿」という独特の美意識があります。
 人が立ち去った後に残る気配や余韻を指すこの言葉は、単なる痕跡ではなく、精神的な印象や情緒を含んでいます。茶道や能楽、武道、日常生活にまで通じるこの感覚は、私たち日本人が「瞬間の美」と「余韻の美」を重んじてきた歴史を物語っています。文章や感想文の「題(題名)」も、読み終えた後の心に残る「残り姿」として機能します。

 「残り姿」の文化は平安時代の宮廷文化にまで遡るようです。NHK大河ドラマで話題になりましたが、『源氏物語』には、人物が去った後に残る香りや衣の色合いが描写され、そこに漂う余韻が人々の心を揺さぶる場面が多くあります。これは文学における「残り姿」の典型例でしょう。
 茶道もまた「残り姿」の文化を端的に示します。茶会が終わった後の茶室に漂う炭の香りや静けさ、茶碗に残るわずかな茶の跡までもが、心や美の対象となります。千利休が説いた「わび・さび」の美意識は、「残り姿」の感覚と深く結びついています。「残り姿」は日常生活にも現れます。きちんと脱ぎ揃えられた靴や食べ終えた後のご飯茶碗、座った後に元通りに収まっている椅子、部屋を出た後に残る香水の香りや机の上に置かれた手紙の余韻などもその例でしょう。季節の移ろいにも「残り姿」の感覚が表れます。桜が散った後の花びらが地面を覆う光景や、夏祭りの夜に漂う線香花火の匂いなど、過ぎ去った時間の余韻を愛でる心は「残り姿」の文化と通じています。また、人間関係においても「残り姿」は重要です。別れ際の所作や言葉が相手の心に長く残ることは、礼儀や思いやりの文化に直結しています。「残り姿」を意識することは、他者への配慮を形にする行為でもあります。

 学校生活にも、たくさんの「残り姿」があります。子どもたちが帰った後の下足箱、内ズックの整った姿や静まりかえった教室に並ぶ整頓された机の姿、掃除後の水拭きぞうきんの整った姿など、数多くの「残り姿」が現れます。また、授業では、先生方が「後を引く終末」を意識して、次につながる課題や意欲の醸成に心を砕いています。授業や講義はその場で完結するものではなく、終わった後に心に残る印象や問いが重要です。先生や仲間の言葉や態度が「残り姿」として記憶に刻まれ、学びを深める契機となります。これも「残り姿」に通ずる感覚です。

 現代社会はスピードと効率を重視するあまり、「余韻」や「残り姿」を軽視する傾向が見られます。SNSやオンライン会議では即時性が求められ、終わった瞬間にすべてがリセットされてしまうことが多いのも残念です。「残り姿」の価値は「瞬間を超える心」の美。人や出来事は一瞬で過ぎ去りますが、その後に残る余韻や姿が人々の心を深く揺さぶります。「残り姿」の文化は、知識を超えて「生き方」を伝える大切なものになるのではないでしょうか。<令和7年12月1日 NO.42>

 

« 社長ブログ 一覧 »