社長ブログ

夏の盛りに、秋の気配 ~ 蝉の声と、南天の新しい枝に思う ~

2026.08.18

 今朝、蝉の声を聞きながら出勤しました。
 日中はまだ厳しい暑さが続き、「残暑厳しき折」という言葉がそのまま当てはまる日々です。それでも、今朝の空気にはどこか違いがありました。早朝の風がほんの少し涼しく、肌に触れる感触が心地よかったのです。耳を澄ますと、蝉の声にもわずかな変化を感じました。もちろん、蝉はまだ元気に鳴いています。夏は終わっていません。それでも、何かが少しずつ移ろい始めている…お盆を過ぎたからでしょうか。早朝の空気や蝉の声の中に、ほんのりと秋の気配が混じり始めていました。

 季節とは不思議なものです。「今日から秋です」と誰かが告げるわけではありませんし、カレンダーを一枚めくった瞬間に季節が切り替わるわけでもありません。風の匂い、朝晩の空気、雲の形、日の暮れる早さ…そうした小さな変化の中に、次の季節の気配が少しずつ顔をのぞかせます。今日の私にとっては、それが蝉の声でした。夏の盛りにはただ「暑いなあ」と思って聞いていた蝉の声が、どこか違って聞こえる。同じ声なのに、季節の気配がその響きを変えていくのです。

 そんなことを考えていると、今年のお盆の出来事が思い出されました。
 今年は、亡くなった母の三回忌にあたるお盆でした。お墓参りを済ませ、墓前に立ったときのことです。そばには以前から南天の木を植えています。眺めていた家内が、根元から二股に分かれた枝の間から、新しい枝が力強く伸びているのに気づきました。葉を大きく広げ、上へ上へと伸びている姿に、こんなところから…家内と二人で顔を見合わせ、思わず見入ってしまいました。

 春のお彼岸にもここを訪れていますが、そのときには気づきませんでした。いつの間に伸びたのだろう。春から夏にかけて、太陽の光を浴び、雨を受け、土から養分をもらいながら、静かに成長してきたのでしょう。人が気づかないところでも、命は動いている。ひこばえ(孫生え・萌芽)の力強さを前に、植物の生命力に深く心を揺さぶられました。

 母の三回忌のお盆に、新しい枝が伸びている。しかも、二つの枝の間からまっすぐに。もちろん、それは自然の営みです。南天が季節の中で成長した…ただそれだけのことかもしれません。それでも私は、なぜか嬉しくなりました。母が天国から授けてくれたのかもしれない。そんな思いがふと胸に浮かび、その思いを抱けたこと自体が、どこか温かく感じられたのです。

 そして今朝の蝉の声。蝉は短い夏を精いっぱい生きています。木々の葉も、南天の枝も、一日一日を重ねながら次の季節へ向かっています。夏が終わるから新しい季節が始まる…そんな単純なことではないのかもしれません。夏の真っただ中にも、すでに次の季節の兆しがある。今ある命の中に、次へ向かう準備が静かに進んでいる。そう考えると、蝉の声も南天の枝も、同じことをそっと教えてくれているように思えました。

 夏の盛りに、秋の気配。
 忙しい毎日の中では、季節の移ろいに気づかず過ごしてしまうことがあります。けれど、ほんの少し歩く。空を見上げる。風を感じる。蝉の声に耳を澄ます。墓前の草木に目を向ける。それだけで、この世界にはたくさんの小さな変化があることに気づきます。季節は何も言わずに移ろっていきます。夏はまだそこにある。けれど、その夏の中に、もう秋の気配が混じり始めている。そして墓前の南天の新しい枝は、今日も静かに葉を広げていることでしょう。

 過ぎていく時間を惜しむだけではなく、そこから新しく生まれてくるものにも目を向ける。先に旅立った人を思いながら、その人から受け取ったものを、これからの暮らしの中で大切にしていく。そんなふうに季節を感じ、人とのつながりを感じながら、一日一日を過ごしていけたらいいなと思います。<令和8年8月18日 NO.59>

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