社長ブログ

逆境を力に変える知恵  ~ 「左馬」の教え ~

2026.01.22

 山形県天童市。春になると、桜の下で将棋を指す「人間将棋」が名物となるこの街には、もう一つの名物があります。それが「左馬(ひだりうま)」の駒です。将棋駒の一大産地として知られる天童では、江戸時代から駒づくりが盛んに行われてきました。中でも「左馬」は、縁起物として特別な意味を持ち、商売繁盛や福を招く象徴として、地元の職人たちが心を込めて彫り続けてきたものです。

 この「左馬」が、なぜ逆さの馬でありながら、幸運の象徴とされてきたのでしょうか。

 その背景には、逆境を恐れず、むしろそれを力に変えてきた人々の知恵と、時代を超えて受け継がれる精神があります。まず、「馬」という漢字の成り立ちから紐解いてみましょう。この字は象形文字に由来し、古代中国の甲骨文字では、たてがみや尾、四肢を持つ馬の姿を象った形で描かれています。まず、「馬」という字そのものが、動きと生命力を象徴する存在ということです。馬は古来より、人間の生活に欠かせない存在でした。移動手段として、農耕の力として、また戦の場でも重要な役割を果たしてきました。馬は「退かない」「後戻りしない」象徴であり、商売や人生においても、常に前進し続ける姿勢を表しています。そのため、馬は「前進」「躍進」「力強さ」といったポジティブなイメージと結びついています。
 「左馬」は、その「馬」の字をあえて左右逆に書きます。これは一見すると、自然の流れに逆らうような、違和感や戸惑いを覚える姿かもしれません。けれども、そこにこそ、「左馬」の真価があると思います。逆さに書かれた馬は、私たちに「視点を変えること」の大切さを教えてくれます。一方向からの見方にとらわれず、あえて逆から見ることで、見えなかった価値が立ち現れる。さらに、「馬(うま)」を逆にすると「(まう)舞」になることから、「左馬」は“福を招く舞い”とも言われます。つまり「左馬」は、逆境の中にあっても心を舞い立たせ、前向きに進む力を象徴しているのです。
 実際、「左馬」は将棋駒に限らず、江戸時代からさまざまな形で縁起物として表現されてきました。たとえば、商家の帳場に飾られた木彫りの置物や張り子の左馬、神社に奉納された絵馬や掛け軸、さらには商人が使った印章や、祝いの席で用いられた陶器の意匠にまで、その姿を見ることができます。
 これらの表現に共通するのは、「逆さであること」がむしろ“福を招く”という逆転の発想です。
 常識にとらわれず、柔軟に物事を捉える知恵。そして、逆境の中にこそ希望を見出すという、前向きな精神が、「左馬」という存在に込められているのです。

 事業を営む中では、順風満帆な時ばかりではありません。市場の変化、予期せぬトラブル、時には自らの判断ミスによって、思いがけない困難に直面することもあります。しかし、「左馬」の教えは、そうした「逆風」こそが新たな可能性の入り口であることを示しています。逆さまの馬が縁起物となったように、常識を疑い、視点を変えることで、見えなかった道が開けることもあるのです。
 この「左馬」の精神を、営みの中に取り入れていきたいと願っています。変化を恐れず、逆境にこそ創造の芽があると信じること。常識にとらわれず、柔軟な発想で未来を切り拓くこと。そして、どんな時も「退かず、前へ進む」姿勢を持ち続けること。
 役員室の一角に、小さいですが、天童の職人が揮毫した「左馬」の駒を飾っています。「左馬」は、ただの縁起物ではありません。それは、逆境を恐れず、むしろそれを力に変えるという、古人の知恵の結晶です。そしてその精神は、今を生きる私たちにも、確かな指針を与えてくれます。

 時に追い風、時に向かい風。
 どんな風が吹こうとも、「左馬」のように、しなやかに、そして力強く前へ進んでいきたいと思っています。「逆さの馬」が教えてくれたのは、逆境の中にこそ、真の成長の種があるということ。その種を大切に育て、やがて大きな実りを迎える日を信じて、今日もまた一歩を踏み出しましょう。<令和8年1月22日 NO.45>

 

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