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「節」と「期」の文化  ~ 小さな文化に学ぶ⑧ ~

2026.02.07

 今年の立春は2月4日。前日の3日が「節分」でした。節分では、豆まきをしたり、恵方巻きを食べたりしたご家庭も多かったのではないでしょうか。

 日本では昔から、「節(せつ・ふし)」という言葉が生活の中に深く根づいています。その背景には、日本人が長い歴史の中で育んできた独特の時間感覚や自然観が潜んでいます。「節」とは、単なる区切りではありません。竹の節が竹全体を支え、しなやかさを保つように、「節」は物事の流れを整え、次の段階へ進むための要点として働きます。季節の変わり目に厄を祓う節分や、季節の恵みを祝う五節句は、自然の変化を敏感に捉え、生活に取り入れてきた日本人の感性を象徴しています。

 この「節(せつ・ふし)」という文化は、いつ、どのように生まれたのでしょうか。
 その起源をたどると、日本人の自然観・農耕文化・身体観・言霊思想、そして中国からの暦法が複雑に重なり合い、独自の世界観として形成されてきたことが見えてきます。
 日本の「節」の最も古い源流は、縄文時代の自然観にあるようです。春には山菜が芽吹き、夏には魚が遡上し、秋には木の実が実り、冬には動物が冬眠する。こうした自然のリズムを「節」として捉え、生活の切り替え点にしていたと考えられます。弥生時代に稲作が始まると、季節の変化はさらに重要になります。この頃から、種まきの節、田植えの節、収穫の節、祭りの節といった、農耕サイクルに基づく「節」が明確に形成されていきます。飛鳥〜奈良時代になると、中国から暦法が伝わります。特に二十四節気(立春・立夏・立秋・立冬など)や五節句(人日・上巳・端午・七夕・重陽)は、日本の「節」文化に大きな影響を与えました。
 また、日本語には、骨の節(関節)、竹の節など、身体や構造に「節」という言葉が使われます。これは、古代日本人が身体と自然を同じ構造として捉えていたことを示しています。自然の節目=身体の節目=生活の節目という“構造の相似性”の考え方です。竹の節が強さを生むように、人生にも節目があることで強さが生まれるという比喩が自然に成立するのは、日本人が身体と自然を同じリズムで理解していたからだと思います。
 さらに、日本では古くから、言葉には霊力が宿るという「言霊(ことだま)」の思想がありました。この思想の中で、言葉の調子やリズムが重視され、そこに「節」という概念が使われるようになります。歌の節、祝詞の節、語りの節回しなど、言葉のリズムを整えることで世界の調和を保つという考え方が生まれ、「節」は言葉の世界にも深く入り込んでいきました。

 「節」と「期」の違いも日本文化の特徴を際立たせます。
 「節」は瞬間の切り替えを示す“点の時間”、「期」は状態が続く“面の時間”。日本の文化は、この点と面を組み合わせて生活のリズムをつくってきました。節で切り替え、期で育む。このリズム感こそ、日本文化の核にあるものです。
 現代の生活は便利になった一方で、季節の変化を感じにくく、時間の流れが単調になりがちです。だからこそ、「節」や「期」を意識することには大きな意味があります。節分や季節の行事は、心と身体をリセットする良いきっかけになりますし、節目をつくることで忙しい日々にもメリハリが生まれます。また、季節の節目を意識することで、自然の変化に気づきやすくなり、生活に豊かさが戻ってきます。

 「節」と「期」という文化は、日本人が自然と向き合いながら暮らしてきた知恵の結晶です。そして何より、「節」という一語が、自然・身体・構造・時間・言葉という異なる領域をひとつのリズムとして統合している点こそ、日本文化の独自性なのではないでしょうか。世界にも似た概念はありますが、日本ほど「節」を多面的に生活へ取り入れた文化はほとんどありません。だからこそ、現代の私たちが「節」と「期」を意識して暮らすことには、深い意味があるのだと思います。<令和8年2月7日 NO.46>

 

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