社長ブログ

未来への道しるべ ~母の死を受け止め受け入れる~

2024.05.17

 たわむれに 母を背負ひてそのあまり 軽きに泣きて三歩あゆまず (石川啄木)

 今月3日、憲法記念日の朝、垂乳根の母が逝きました。享年91歳。
 前月の26日に入院し、快復を願っていた矢先のことでした。元々風邪など引かずに健康だった母でしたが、父を亡くした頃からは少しずつ体調を崩しがちになりました。最近では、入退院を繰り返し、退院から入院までの期間が短くなっていたので覚悟は決めていましたが、現実にその日が来ても、すぐに受け入れることはできませんでした。
 何度も何度も心の中で母を呼びました・・・。
 涙が止めどなく溢れ、母との思い出が瞼に浮かんできました。
 晩年はエッセイや編み物に精を出し、ひ孫との戯れに興じていました。昭和、平成、令和と時代を駆け抜けてきた母。幼い頃に戦争を経験し、疎開生活では辛く苦しい思いの中で両親や兄姉と共に懸命に生きてきた母。思春期に学んだ山びこ学校では、無着成恭先生に綴り方をお習いしたことを誇りに思っていました。父との出逢いをうれしそうに語っていた母。務めていた役場で父と出逢い、姉と私が生まれました。いつも優しかった母。父が倒れたときも、気丈に振る舞い、献身的な介護の末に奇跡を生みました。東京世田谷のリハビリ専門医のサポートを受けながら20年にも及ぶ年月を、まさに身を捧げるがごとく看病、看護・介護し続け、廃人同様になると言われた父が歩けるまでに快復しました。今想えば、無償の愛、海より深い愛だったのだと思います。その愛を、私たち子ども、そして孫、ひいてはひ孫まで注いでくれました。そのかけがえのない母が逝ってしまいました。家族の心にぬくもりを残して…。

 たくさんの弔意を賜りました。この場をお借りし、生前母が賜りましたご懇情、お力添えへの感謝も併せて、心から厚く御礼申し上げます。皆様からいただきました温かいお言葉、励ましのお言葉に心から救われています。あらためて、人とのふれあい、かけがえのない出逢いに感謝しております。感謝の思いがたくさんありますが、言葉にならずにお許し願います。社員の皆様と一緒に懸命に生きてゆくことでお返ししたいと思っています。合掌

 十億の人に十億の母あらむも わが母にまさる母ありなむや (暁烏 敏)

<令和6年5月17日 NO.5>

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